ファミリーコンステレーションと努力することの意味

ファミリーコンステレーションと努力する意味

ファミリーコンステレーションと努力することの意味

ファミリーコンステレーションと努力する意味
頑張っている人を見ると応援したくなる。
そんな経験はあるでしょうか。

特に上手く行かないことや、苦手なことを何とかしようと、頑張り努力している人を見ていると、応援したくなることってあります。

でも、よくよく考えて見ると、どうしてなんだろうって思うんですね。楽しいことをクタクタになるまで楽しんでも、苦しいことをクタクタになるまで努力しても、使うエネルギーは同じなのに。そして、きっと自分が楽しいと感じることを楽しんでいた方が、エネルギー効率は良いし、翌日も元気に動けそうですよね。

しかし、なぜか、努力の方が重要視されている。
それを、応援している自分もいる。

これって何なのだろうって、ファミリーコンステレーションの視点から考えてみたことがあります。

こんにちは。
ファミリーコンステレーション・ファシリテーター
坪田です。

例えば、職場に同じ業務を担当する10人のグループがあるとします。
そのグループは、仕事に使命感を持ち、大変な仕事ですが、皆、一所懸命、夜遅くまで働いています。

そんなグループに、ある日、違う部署からAさんが転勤してきました。
Aさんは、とても不器用で、飲み込みの悪い人でしたが、教えてもらったことは必死に出来るようになろうとしましたし、皆が持つ使命感にも共感し、誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く退社しました。

また、ある日、違う部署からBさんが転勤してきました。
Bさんは、とても器用で、理解も早く、一度教えてもらったことは、直ぐにできるようになりました。
一方でBさんは、使命感を持つというよりも、仕事もプライベートも楽しみ、出勤はギリギリで、定時にはいつも退社します。

さて、このグループの他の人たは、どちらの人を応援し、どちらと仲間意識が強くなるでしょうか。勿論、答えは人それぞれではありますが、多くの場合、Aさんではないでしょうか。
そして、その理由は何でしょう。

グループは安定的に存続し続けることを望む

グループは安定し存続する
グループに意思があるとするならば、その意志は「グループは安定的に存続し続ける」ことを望みます。
存続し続ける可能性を高めるためには、過去の経験から対策を練り、実施し、継続していく必要があります。その作り上げてきたものを、必死に身に付け、実践しようとするAさんは、グループを安定的に存続し続けることに協力していますから、必然的に応援されます。

しかし、仕事を楽しむBさんは、このグループにおいて重要な仕事のやり方を取り入れず、自分の仕事のやり方を持ち込んでいます。
これは、グループの仕事のやり方を否定していると捉えられますから、極端に言えば「グループを壊そうとしている」と捉えられたり、「グループに予測不可能な方法を持ち込むことで、不安定にするもの」と認識されてしまいます。

ここでは、Bさんの方法が、正しいか間違っているかは全く重要ではありません。
理屈ではないのです。

努力を良いことと思う人が多いのはなぜだろうか

グループ
もう一つの疑問である、「努力は良いこと」と思うのは何故でしょうか。

私が、心底楽しんでいるときの自分を思い返すと、ただ、その瞬間を楽しんでいる、その感覚に尽きると思います。
過去になにかあったから、今を楽しむとか、
未来のために、今を楽しむとか、
そんなことは考えていません。

一方で、努力するをしようとするとき、しているときの自分を見ていると、未来のためにしていることが見えてきます。
明日のため、一年後のため、十年後のために、今これをやっておく。

つまり、未来を良くするためにすること、それが努力と言えるのではないかと思います。

この雰囲気、先程のグループに似ていると思いませんか。
安定的に存続することが重要なグループと。

そもそも、私たち人間が、死と隣り合わせで過ごしてきた時代はとても長いです。
日本で七五三がお祝いであるように、7歳まで生きることはとてもおめでたいことだったのです。
ですから、私たちは、過去からの経験や言い伝えから、未来を良くしようと、生き延びようと、努力をしてきました。

ですから、努力は良いことという認識がとても強いのだろうと考えられるのです。

生き延びること

生き延びる
人類がこの世に現れてから、数十年前までの何千年、何万年もの間、世界中の多くの人々と、その人々が所属する国や地域は、存続する、生き延びることに必死でした。

しかし、少なくとも現代日本においては、食べ物は溢れ、働けなくとも助けてくれる制度があり、近くに助け合える仲間がいなくても、インターネットで人とつながる事ができ、たった一人でも仕事ができるようになり、
グループが存続すること、
個人が生き延びること、
はそれほど難しいことではなくなりました。

それに伴い、価値観は様々で、仕事も多種多様になりました。
自分らしく生きようとする人も多くなりました。

しかし、何万年もの間、当たり前だったことは、本能に染み付いています。

未来って何だろう

未来って何だろう
改めて、未来って何でしょうか。

子どもと接しているとわかりますが、子どもは未来に起こることを予測して、事前に行動することが苦手です。これは、子どもは大人に比べて、生まれてからの年数が短く、行動範囲が狭いため、過去の経験がとても少なくなります。

ですから、未来を想像することが出来ないのです。

実際、子どもに、
将来のために勉強をしておこう
危ないことをしちゃだめだよ
自分で考えて行動しなさい
などと言っても、なかなか大人が想像したとおりの結果には繋がりません。

つまり、未来とは、記憶と経験の積み重ねによって、導き出した「想像の世界」でしかありません。そして、その想像は、生き延びるためという目的のために、役立ち、機能してきました。

しかし、どうも時代は大きく変わっているようで、この本能と、今を楽しむということに、違和感や苦しみを感じる方が多くなってしまいました。
じゃあ、今を楽しむことに集中すればいいんでしょとなりがちですが、本能、特に、生存本能による衝動というのは、想像するよりも遥かに強力です。
そんな中で、生き延びるという本能に振り回されないために、ファミリーコンステレーションのように体験して本能が腑に落ちるということが必要になるのだと感じています。

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